大木戸の南西側、現在の古渡町交差点付近にあった寺。詳細な場所は不明。犬御堂法浄寺華光院という。真言宗、大須真福寺(大須観音)の末寺。

開山僧無関(俗称平民)。紀伊國高野山で出家し、修行のため諸國を行脚し、壽永年中(1182-1185)この地に来て、疲れて煩悶して息絶えようとしていたところ、黒・白の二犬が現れ、草の葉に水を浸したものを咥えて来て、僧の口にそゝいだが、たちまち蘇生し、心身が回復した。この僧思うには、犬は高野大明神の使者で、ひとえに明神の加護だとして、かつ阿彌陀如来霊夢のお告げがあったので、こゝに草庵を結び、弥陀仏の尊像、及び黒白の両犬の姿を写して安置し、犬御堂と名付けたという。


『眞言古義』に、

護摩壇側置黑白二犬。是弘法大師始入高野山。有二犬導引。故置犬像壇側。
(:護摩壇側に黒白の二犬を置く。弘法大師が始めて高野山に入る際、二犬が引導した。そのため犬の像を壇側に置いた。

と見える。『鹽尻』には、(最低限の現代語訳を加えています)

高野四所明神の図に、階下の黒白の二匹の犬が描かれている。これは空海が弘仁中(810-824)、高野山を登った際に二犬が導き、また弓矢を携えた化人が山を指し示した。精舎建立の後、狩場明神と号して祀った。そのはじめの形を図にしたと密家の僧はいう。この犬御堂も真言宗なので、鎭守の為に本尊の脇に二犬を置いたのだとみえる。

と記す。

そのほか、むかし或る人が犬を飼って愛していたが、山に連れて行き、大樹の下に眠っていたところ、この犬が急に主人に吠えかゝり、衣を咥えて引いたので、主人は怪しみ、我を喰らおうとしているのかと疑って、刀を抜いて犬の首を討ち落としたところ、その首は樹の上に飛び上がり、大蛇が主人を呑もうと覗いていたところを嚙みついていた。主人はこの忠誠を知らず、誤って犬を殺害した事を悔い、その為に寺を建立したなど、さま〴〵これにまつわる説があるが、信用しがたい。

参考:『尾張名所圖會 前編 巻一』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

名古屋市中区橘2丁目4番11号
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