京町通の東にある。浄土宗、無本寺。
國君(尾張藩主)代々の菩提所である。慶安四年(1651)瑞龍院殿(徳川光友)の父源敬公(徳川義直)の菩提寺として建立され、下総國結城の弘経寺の廓呑(くわくどん)和尚を招請して開山とした。同五年(1952)二月堂宇の整備が整うと、廓呑は上京し、六月二十二日参内して、住僧代々賜紫勅許の綸旨を拝受して帰った。
境内は広大で、國君代々及び簾中方(側室)・連枝方(分家)の廟・霊屋をはじめ、堂宇がたいへん多く、善美を尽くし、また寄附の宝物は少なくないといっても、忌諱を犯す事を畏れて略す。
境内に明人陳元贇の墓がある。彼については陳元贇寓居跡にも詳しい。
展陳元贇墓 乾堂
虎林殊域客。流寓百餘年。絮酒醉今日。吟詩感斷編。
(:陳元贇の墓に参る 乾堂
虎林という異国のお客。流れ眠ること百年余。絮酒を今日、お供えして生前の徳に報いる。詩を吟じて、その一部を感じる。
参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)