『延喜式』『神祇神名帳』(927)の従五位下の神野(こうの)明神。100mほど東の猪野洞にあった諏訪社が室町末期の永禄八年(1565)にこの地へ奉祀され、さらに正保年中(1644-)に古くからの天神社(菅公)と合祀された。
古代には土岐郡家あるいは駅家以来の土岐郷/駅家郷の神として祀られ、中世には「諏訪・天神」の二社が鶴ヶ城跡の山麓にあって土岐氏の奉祀を受けていたと考えられる。
参考:『瑞浪市史 歴史編』(瑞浪市、昭和四十九年)228頁