天祥庵跡

山号は金鼇(こんごう)山。中瀬町にあったが、今は廃している。守山村木ヶ崎の長母寺の末寺。もとは長母寺の塔頭でその境内にあったが、総見寺の梁南和尚がここに移した。

織田信忠卿に仕え、二条御所で討死した下方弥三郎の次男で僧となった者を住持としたが、三位中将忠吉君(松平忠吉)の時に父が死去して後継もなかった。こうして、この僧を還俗させて家督を継がせ、下方左近と名乗らせた。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻四』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

名古屋市熱田区白鳥3丁目8番22号
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