鹿田山仁昌寺

鹿田村にあり。曹洞宗、三淵正眼寺の末寺。もと天台宗だったが、後に当宗に改めた。観音堂の本尊は、聖徳太子作の霊仏で、君山翁が著した『賤の小手卷』に、


春日井郡鹿田村仁昌寺觀音堂、昔は天台なり。曹洞宗になりたる時、觀音の怒り給ひ、堂震動してやまず。其頃正眼寺天山和尚を招き宥めければ、震動止むといひ傳ふ。むかしは乘打を咎め、下馬せしと云ふ。
(:春日井郡鹿田村仁昌寺観音堂は、昔は天台だった。曹洞宗になる時、観音が怒りなさり、堂が震動して止まず。正眼寺天山和尚を招き宥めれば、震動が止んだといい伝わる。むかしは乗打(駕籠から出ず通り過ぎること)を咎め、下馬させたという。


と記す。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

北名古屋市鹿田大門77番地
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