毎年十月に諏訪神社の祭礼「棒の手」が行われる。木曽義仲が粟津で敗れたとき、四天王の随一・今井四郎兼平が一族とともに当地へ移り、再挙をはかるため農民に荒技を教え、やがて芸能化した。
流派は「無二流」と称し、半纏・風切り・手っ甲・鉢巻・襷など武装めいた装いで、二人または三人が一組になって棒・鎌・長刀・鎗・太刀・釜蓋などを用いて打ち合う。
愛知県にもみられるが、岐阜県では当地のみの伝承である。
参考:『多治見市史 通史編 上』(多治見市、昭和五五年)46頁