※詳細な場所は不明です。お気を付けください。
池田郡小島にある山城。
初代城主の長井左衛門利安(藤左衛門長弘ともいう)は、土岐政房、政頼二代の執権である。白樫から文殊、長良、そして稲葉山へと移った。享禄三年(1530)、家臣の西村勘九郎、のち道三によって自害した。
その子、齋藤右衞門尉利賢は、父の仇である道三を亡ぼそうとしたが、土岐頼藝が許さず、白樫に蟄居した。
のち齋藤右兵衛尉利昌が居城した。信長の頃、廃城した。
参考『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)