雲林山東光院と号し、堂谷村にある。
天平宝字六年(762)四月、伊吹山の三朱が創立し、仏殿・僧坊二十六院を建て、この地を堂谷と名付いた。建久年中(1090年代)に後鳥羽天皇が名超寺に行幸され、雲林山に臨幸された。法華塔を建立し仏閣を再興し、さらに公田を寄付された。
佐々木氏歴正が崇敬して寺領を保護したが、その後兵火に罹り堂舎は灰燼に帰した。里人は再びこれを再建して旧状を復した。永正年中(1510年代)には、賊が入り仏像を奪おうとしたものの果たせなかった。
元亀元年(1570年頃)にまた火災に遭い伽藍は旧に復せず、僅かに一宇を残す。
境内に昔の鎮守の山王社がある。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)418頁