当地の河内屋新田の札木では、新田開墾の人集めの高札場があった。正確な場所は不明。

寛永十年(1670)に入鹿池が完成し、用水が整備され、新田開発が推進された。尾張藩は農民不足に対処するため、領内外を問わず、さらには重罪を犯した者であろうと罪を免除し、新田開墾にあたらせるという高札を出し、積極的に開墾を促した。

参考:小牧市史編集委員会『小牧市史 本文編』(小牧市、昭和五十二年)144頁

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