豊場村にある。物部神社というが、俗に八所明神と称す。『延喜神名式』に物部神社、『本國帳』に従三位物部天神とある社である。境内広く、拝殿・瑞籬・祭文殿・神門・烏居等が荘厳に立て連なり、末社も多い。源太夫社・多度社・神明社・白山社・八幡社・天王社・愛宕社・稻荷社・富士社・御田社等ある。その内の天王社は溝口富之助が勧請したといい伝え、例祭六月十五・十六の両日、挑灯車・笹踊等がある。境外の末社熊野社は、同村西の森にあり。

富士社は同村青塚にあり。この青塚といったのは、古い墳で、社説には物部神の陵といい伝える。長久手御陣の時、秀吉公の軍士が駐屯した地で、敗軍の後、公は自らこの塚に登り、美濃に退きなさる路次の軍列などを指揮した地であるといい伝わる。

神木 松の古木だが、朽ち倒れて現在はそのまゝ社内にある。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

西春日井郡豊山町豊場木戸69番地
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