日杉山に在り。もとは八幡山西南に在ったのを豊臣秀次が鷹飼村に移した。後に再びここに移した。推古天皇二十七年(619)に、厩戸皇子が近江国に四十八寺を建立し、その最後にこの寺を建てたので願成就寺と名付いた。往古は坊舍五十五、寺領千五百石あった。天台宗だったが、信長が比叡山を焼く時にこの寺もまた亡滅し、その形のみ残す

参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)

近江八幡市小船木町73番地1
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