もとは名古屋城下の天道町北側にあったが、のちに当地に移った。浄土宗、熱田の正覚寺の末寺。山号は亀松山。永禄十一年(1568)僧空舜の建立である。

  • 本尊:阿彌陀の木像。
地蔵尊

秀吉公が朝鮮へ海を渡る軍船を造ろうとして、廣井村白山社の樟の大樹を伐らせたところ、斧の下から血が流れ出たので、杣ども恐れてその由を申しあげた。その夜、太閤の夢に、童子一人来て、「樟木を伐って血が出ることを怪しむなかれ、だたその樟から地蔵菩薩を一躯を刻めば、その報いで願いは成就するだろう。その証拠に枕を裏返して置く」と告げたと見て夢が覚めると、はたして枕が翻って在ったので、速やかに樟木を伐り、地蔵の像を彫刻し、極楽院に納め置いたが、その寺が頽廃してのち、この寺に伝来し、今に「反枕地蔵尊」として、当寺の霊仏とする。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

名古屋市昭和区八事富士見1513番地
種別