はなちるさわ。丸山の南の辺りをいう。古い名所ではないが、幕末頃の身分ある人の詩歌がある。
花散澤 日野前大納言資愛卿
岸蘆汀草惜香新。一澤淸波浮玉塵。三月東風春欲暮。林花散亂謝枝辰。
(:岸の葦や水際の草には(春の名残の)香りが漂っている。一沢に清らかな波、玉の塵が浮かぶ。三月の東風が吹き春が暮れようとする。林の花は散り乱れて枝に別れを告げる。
山ざくら さかりのゝちのあらしには 花ちる澤の 名をも立つらし
烏丸前大納言光祖卿(元禄十一年 [1698] 〜 宝暦十三年 [1763])
山桜、盛りの後の嵐によって花散る沢の名を立てている
名にしおはゞ とひてや見まし春ふかき 花散澤の あけぼのの空
外山前宰相光實卿(享保九年 [1724] 〜 寛政元年 [1789])
その名をするのならば、訪ねてみようか春が深まった時。花散る沢のあけぼの(早朝)の空。
行きて見む ちぎりもあれな山ざくら 花ちる澤の 春ならずとも
外山修理権大夫光施卿(宝暦三年 [1753] 〜 寛政八年 [1796])
行ってみようか、契りがあってほしい山桜の花が散る沢を。春ならずとも。
参考
『尾張名所圖會 後編 巻六』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)