郡上・益田両郡二十ヵ村の総社であり、仏像・仏画・経文・経箱などを多数所蔵する。

十一面観世音立像は高さ25cm、幅8.5cmで、頭上の十一面は簡略化され、首から下の肉身は省略されており、未完成にも見える。頭部の表現は平安時代の様式で、顔の彫りは豊かで平安前期の特徴を示す(佐和隆研)。社伝によれば、養和元年(1181)に鎌倉の鶴ヶ丘から移座され、像もその頃までに制作されたとみられる。

拝殿は四本柱を内部に立てる構造で、応永二二年(1415)の棟札があり、室町時代の建築で、この地方では「鎌倉造り」と呼ばれる。御宝殿は元亀元年(1570)に造立され、その棟札も残る。

古くから祭典の夜には若衆・老人を問わず、踊りの声は拝殿に鳴り渡り、更けゆくまで唄い続けられた。

参考:金山町史編纂委員会『金山町史』(岐阜県下呂市、昭和五〇年刊、平成一七年復刻)95-105頁

下呂市金山町祖師野
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