上品野村と片草村の境、雲見が峯の北にあって、三河の加茂郡・美濃の可児郡に接して、頂上に三つ石があり国境のしるしとする。国中の高山で、頂から四方の眺望はいうことがなく、一山に躑躅(つつじ)が多く、春の末の花の頃は見事であるが、木こりの路も絶えた深い山のため、見る人は稀である。たいへん惜しむべきことである。

この山へ行くには美濃国雨澤村から登るを順道とする。しかし上品野よりゆけば、道々見どころ多く興趣あり。このたび春江(尾張名所図会の作者)も、上品野で案内者を雇い登り行くと、谷の流れ右に沿い左に沿い、所々に大きな岩があり。或いは老杉が日かげを覆い、森々とした径を行くと、言語に絶える山水の奇観。

ほどなく乗鞍石に到る。高さ四間(約7m)、幅三間(約5.5m)ほどの大岩で、形から名付く。それより行き〳〵て、道の左と谷を隔てた山の中腹に、相対する巨石をはさみ石と名付く。また右の方の山に臼岩・燒飯岩あり、少し平らな所へ出れば、五枚岩というも道のほとりにあり。この岩にはむかしより巨蛇が住むという。ここからはいばらが分かれ歩きにくいため、案内者が鎌で切り開き、小さな篠竹が生い茂るところを踏み分けつゝ、数百歩を行き〳〵、辛うじて山頭によじ登れば、尾濃三の山々が波濤のように連なり、南海はるかに見渡され、千里の風光をたくわえ、かぎりなき壮観である。

里人によれば、天気清郎たる日には、七箇城見えるという。君山翁の『賤の小手卷』三國嶺の條に、名古屋は申酉(西南西)の間、府城(名古屋城)高くあらはる。猿投山は南にあたり。三州市野(現浜松市市野?)は左の方、白川(現豊川市?)は午(南)の方、濃州久々利は戌(西北西)の方、柿野は丑寅(北東)の方、笠原は酉戌(西北)の方と見える。

参考:『尾張名所圖會 巻四』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

土岐市
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