小針村にあり、今は山王と称す。『延喜神名式』に山田郡尾張神社、『本國帳』に従三位尾張天神と載せる官社である。尾張氏の祖神の天香語山命(あめのかごやまのみこと)と大己貴命(おほむなちのみこと)とを合祀する。

『舊事紀』の天孫本紀、『新撰姓氏録』等に、尾張氏の本源の神を載せ、この香語山命を先祖とする。こゝは尾張という国号が生まれた主郷であるので、この社を建てたが、大社にて世に尊くまし〳〵しかど、連年の兵乱で衰微して、僅かな小祠となってしまった。近隣にむかし祭器を作った土器田(かはらけだ)という地も残り、また鏡田・直會・油田などと呼ぶ字も残る。また社の南方に、政所の旧址も残る。しかしここも坂場の條にいうように、山田郡にあたらず、先輩も疑いを残す。もともと当村は尾張の国の中央の地で、国号もこの地から出たという古人の説なのば、式内社がこの地にある事に疑いは無いだろう。

神主 江崎氏。

『尾張徇行記』によると、短冊を付けた笹葉を馬に飾り、走らせる「笹馬」という祭礼が行われていた。

粟田三所地神社

同村にあり。『本國帳』に従三位粟田三所地神と見える旧い社である。社説に、一條帝の御時に創建して、仁徳天皇・天足彦國押人命・彦國葺命の三前を祭神とする。よって三所の號があるといる。毎年八月十一日を当社と尾張神社の祭日とする。むかしは当社に三月の修法があったという。今、この社の辺りに三月堂の字が残る。かの修法に因る名であろう。これは南都と同例の名である。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

小牧市
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