同村地蔵堂の前にあり。此地藏尊は、昔海中より出現し、身に牡蠣殻の粘着していたことから、かきがら地蔵と称す。
その後、水野左近の母は長年子なきを憂い、この地蔵尊に祈願して百日詣をして毎日、例のごとく井水を汲み、盥漱(汲んで口をすすぐ)しようとしたところ、井戸の中に教莖(茎)の澤潟を生え、その葉の上に永楽銭の一文のっているのを見た。しばし不審が晴れなかったが、もしかして我が誓願が滿足する瑞應かもしれないと、その澤潟と銭とを持帰ったところ、果たしてこの時より懐妊したという。
故にこの井を澤潟の井と称し、今もなお近所の人々はこの水を汲んで産湯に用うという、また水野の家紋に澤潟と永楽銭を附すのは、この伝承に依るものだと里老はかたる。
参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)