城の西の方、木曽川に沿う町である。鵜匠が住んで、木曽川の鮎を捕っていたが、文化6年(1809)より一時は鵜飼はなかった。しかし漁師がこの川で鱒・鮎を捕る事は変わらなかった。『延喜式主計寮』調輸銭のうちに、「尾張國煑鹽年魚」(--にしほあゆ)を載せる。尾張の國産の古さがわかる。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻六』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)