慶長年中(1596-1615)より開かれたもののようである。はじめ筏で往復したのを船に改めたのである。元和年間(1615-1624)になって、領主遠山氏が船二艘(人船・馬船)を支給し、船人六人に扶持を下した。

苗木藩主日録に「和宮橋二十九日(文久元年-1896-十月)中津川御泊り、三日間上地瀬戸瀧坂舟留め」と見え、また同藩楠日記に、水戸浪士に備える為、(元治元年-1861)上地・瀬戸・瀧坂固めの事が見える。楠日記はさらに、蛉門の変(元治元年-1864-) について上地渡船場に新関を立て領内を守備したことが述べられてある。

参考:『恵那郡誌』(恵那郡教育会、大正十五年-1926)323頁

中津川市
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