啓運山法華寺。御堂(照遠寺)の南隣にある。御堂と同宗同末で、日蓮宗、京都本國寺の末寺。
延徳年中(1489-1492)、織田帯刀左衞門尉常勝(越前から尾張に移った織田家の先祖、信長から8代前)の建立で、僧日援を開山とする。第五世の僧・日陽は信長公に崇敬され、岐阜に招かれてかの地でも法華寺を建立したが、信長公が近江の安土へ移った後、再びこの寺に帰住した。由緒ある古刹のため、織田家の人々の古證状が数多く伝わる。
参考『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)