池水山正衆寺。須佐村にあり。曹洞宗、常滑天澤院の末寺。創建の年紀は詳らかでない。往昔は長面寺と号した。
建久二年(1191)、頼朝公が菩提寺とされた時、寺領若干を寄附された證狀が今も寺に伝わる。その末文に、兵衛佐寺也。齋藤越中守可知行之、と云々。末に花押がある。しかし建久二年には、頼朝公は既に右大将に任じられており。「兵衛佐」とあるのはかなりこじつけに近い。また斎藤越中守は、室町将軍家に仕えた人で、時代も合わないので、しばらく後考を待つのみ。
本尊 釋迦の木像。脇士聖観音・地藏菩薩。
鐵拳梅 境内にある。九鬼大隅守が侵掠した時、この梅だけは兵火の延焼が及ばなかったので、この名が附いたのだろう。今もなお、枝幹共に茂っている。
参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)