大和国から移住した平群氏族の祖神の木菟宿禰(ずくすくね)が祭神。
日本書記(仁徳記)によると、仁徳天皇御生誕の日に木菟(みみずく)が産殿に飛んで来た。また此の時、大臣部内宿儺の家でも子が生まれ鷦鷯(ささぎ-みぞさざい)が産室に飛んで来た。これをうけ、帝は其々の子に交換した名を付け、太子を「大ささぎの命」大臣の子を「木菟宿儺」とした。木菟宿儺の後裔は味酒臣(うまざけのおみ)の姓を賜り、落ちぶれて伊勢国へ流れた。これに因みその祖神を祀った。
日本武尊御駐足の跡。明治二十六年に氏子が旧蹟碑を建てた。尊の詠歌。
いのちのまたけん 人はたたみこも へぐりの山のくまがしか 葉をうづにさせその子
へぐりの山は大和の平群山で、尊が死期にのぞみ大和国の姫を思慕して詠まれたものであるが、当社の祖に因んでいる。
参考:近藤杢、平岡潤『桑名市史 本編』(桑名市教育委員会、昭和34年発行・昭和62年三版)55頁