毎年六月十日に、山海の禽獸蟲魚(きんじゅうちゅうぎょ=鳥・獣・虫・魚)、鱗介(魚貝)草木・玉石銅錢等あらゆる奇品をはじめとして、竺支(中国)西洋東夷(東方諸国)の物産に至るまで、一万種余り集め、広く諸人にも見る事を許し、当日見物の貴賤老若、隣国近在からも集う。
この家は代々官医から町医までを統括し、医学の書生は遠近から学びに来て、塾生は常に絶える事がない。また中世に圖南先生が平安に在った時、墨竹に名を得て、その頃は平安の四竹と称された一人であった。以降、代々「墨竹」の名を継いだ。この家の姓は和氣、氏は淺井、賜宅は蒲焼町筋長者町の西の南側にあった。
参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)