曹洞宗で鳴海・瑞泉寺の末寺。
元禄年中(1688-1704)に創建され、瑞泉寺十一世・仁甫和尚が開山した。もとは鳴海村の圓道寺(ゐんどうじ)だったが、寛永三年(1626)に猿堂寺と改め、宝暦五年(1755)には寺号を大雄山とし現在地へ移った。当時、苔巌和尚が草庵を結んで仮住し、疱瘡の祈祷をしたところ霊験があった。のちに祇園寺を建立し、やがて駿河に移ったが、現在も疱瘡の守りがある。また、かの庵室の跡の苔を採って疱瘡の守りとすると験があるという。
参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)