三盆砂糖と称す。享保の末(1730頃)、同村の原田某造り始めたという。『物類品質』に「砂糖、昔は和產なし。享保中に台命ありて、琉球より種を傅へ、當郡に植ゑて製し出す』と記されている。 今も原田喜左衛門が代々これを作り、毎年國君に献上しているという。
参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)