海上寺

乳花のやくし

明治の廃仏毀釈で無くなった醫王山東光寺より本尊を遷した。
以下は醫王山東光寺の説明。

醫王山東光寺
沿革

廣井横三ツ蔵御園町の西の南側にある。真言宗、天王坊の末寺。

天平元年(729)に泰澄法師が建立した古刹であったが、元和二年(1616)熱田の地蔵院の僧良澄が、中興して移った。故にこの寺の宝物は、良澄が熱田より持ち込んだ物が多い。鎮守として八幡社がある。

本尊 乳花の薬師

薬師の銅像。もとは「茅針野薬師」と称したが、世間ではいつしか「乳花のやくし」と心得て呼びならわすようになった。産婦が乳の出ないときは、この薬師如来に絵馬など掛けて祈れば、しるしがあり霊応著じるしい。みなの悲願の大きいことよ、諸人の尊信はいや増しに繁昌している。

寺宝 
  • 不動画像
    熱田八剣宮の本地仏を兆殿司が模写したという。
  • 熱田宮権化書一卷
    文明十一年(1479)三月に徹書記の書いた巻物であると言い伝わり、朝倉茂入の極め書には、蜷川親當の筆蹟だという。
  • 蛇玉一顆
    良澄が熱田より持って来たというが、伝説怪談にわたるため、略す。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)