小川栄一氏が発見した。大正十年(1621)十二月の調査研究による。
俗に牡蠣塚とよばれる小さい丘の西南に位置し、貝殻の堆積で2mほどの断崖をなしている。断面を見ると、上層は黒土で厚さ0.6-0.9mあり、その下に貝殻層があり最厚部は0.9mに及び、土と混ざらず稀に小石が見える。その下は小石混じりの土層、砂層と続く。
貝殻は主に牡蠣殻で、その他にオホヒノカヒ・ハマグリ・メンガヒ・アカガヒ・アカニシ・ニナ・シジミ類等が混在する。また、褐色で所々黒色を帯び、線紋・点紋を有する粗雑な土器もある。さらに、獣骨・獣歯・鹿角・魚骨等をも発見された。石器はまだ貝類と混在しているのは発見されてないが、附近の地より磨製石器を拾得されている。
参考:『濃飛兩国通史』(岐阜縣教育會、大正十二年-1923)18、19頁