蓮經寺の東南に在り、金見山慈恩寺と号す。浄土宗浄嚴院の末寺。
もとは安土に在り、天正十四年(1586)に今の地に移した。豊臣秀次が娘・正壽院のために土地を寄付した。境内は長さ九十五間、幅十間ある。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)